動物園の動物たちが人間的なのは、彼らが我々人間をいつも観察している証拠だ。動物は
純粋で敏感だから僕たちの想像以上にこちらの行動を、それこそ良悪の見境なしに覚えてし
まう。だから彼らの前での行動は慎重であるべきだ。これは決して大袈裟ではなく、動物園
のひとつのルールとして認識してほしい。
例えば、動物の檻のまえに掲げてある「餌を与えないでください」の看板は、我々人間の悪い行動に対する戒めの忠告である。僕たちの子供時代は歩きながらものを食べると、親にきつく叱られたが、今の子供たちはスナック菓子やアイスクリームなどをほおばりながら平気で道を歩いている。親も特に注意しないし、一緒になって食べてさえいる。動物園でも食べ
ながらの見物は日常的光景になっている。時代が変われば食生活も変わり仕方ないことだと僕も完全に否定している訳ではないが動物園では余りやって欲しくないのだ。
 僕たち人間でも目の前で誰かが何かを美味しそうに食べていたら、自分も欲しくなるのは
当然ではないだろうか。だから檻の向こう側の連中がそれを見逃すはずがない。
動物たちが近寄って来たり手を出したりすると、自分に従順になったと勘違いして可愛らしさのあまりに食べ物を与えてしまうのである。勿論罪悪感などは全く感じていない。
 だが普段から決められたローテーションで食事をとっている動物に勝手に餌を与えることは、個体の健康を害することになる。それが原因で死亡した例も少なくない。彼らの目前で
ものを食べることを僕たちが止めない限りこの悪循環というべき状況はずっと続くだろう。そんな光景を見かけたとき、僕は撮影の手を休めて出来るだけ注意するのだが、実は結構勇気がいる。
 ある時、餌を与えないでと大きく書かれた看板の真ん前で、堂々とリスザルに菓子を与えている親子を見るに見かねて注意したら「怖いおじさんがいるから、あっちへ行こう」と捨て台詞を吐かれてしまった。こちらとしては、失礼だがこのような人は即刻檻の中に入って頂きたい心境だった。
 だがこんなとき人間不信に陥りそうになる僕を救ってくれるのは、いつも動物たちの屈託
のない素顔なのである。そして自分の感情を鎮めながら「やっぱり僕は人間なんだ」と思ったりもする。僕は以前、多摩動物公園のキリン飼育担当のK君に言ったことがある。  キリン
「いつも好きな動物たちのそばにいることが出来て羨ましいね」と。
すると彼は大きな目を輝かせながら、こう言った。
「よく皆にそう言われるんですよ。動物はもちろん好きだけど自分は人間のほうが好きなんです。特に美しい女性がね!」
僕はその時、彼の自然な気持ちに感動して妙に嬉しかった。
だからこそ彼は動物たちを優しく見守ることが出来るのだと思った。そんな青年の心を清々しく感じながら僕もヒトという動物として誇りを持って、ずーっと動物園の仲間たちを撮り続けて行けそうだなと、ちょっぴり勇気が涌いたのである。