今年の夏は本当に暑かった。いつもの年だといくら暑くても撮影中は水分をとったことが
ない僕がミネラルウォーターの壜を片手にシャッターを切っていた。拭っても拭っても止め
どなく流れる汗。ファインダーは覗く度に曇って汗が眼に入る。若い頃エジプトの40度の
炎天下でも平気でムービーカメラを振り回していた自分の体力がいかに低下したかを改めて
思い知った。目の前の水槽ではシロクマが気持ち良さそうに泳いでいる。彼らもそうでもし
なければ今日の暑さを凌げないだろう。羨ましいと同時に気の毒だなとも思う。
動物園で暮らしている動物たちは、自然のフィールドの動物と違って比較的日本の気候には
順応している。逆に夏に熱帯雨林生まれの筈のゴリラが暑そうにしていたり、冬にペンギン
が寒さにふるえている元気のない姿を見かける。もっとも昔は自然で捕獲されて、いきなり
動物園にやって来た個体が殆どだっただろうが、今はワシントン条約など自然保護の見地か
らそれが許されなくなったから、大抵は動物園で生まれ育った二代目、三代目なのである。
北極を知らない北極熊やアフリカを見たこともないアフリカ象がいるのだ。
 
 京都の岡崎動物園で牡のライオンを撮影中、頭上に飛行機が飛んで来た。ライオンは空を
見上げて飛行機の行方をずっと見つめている。そのときファインダーの中のライオンの眼が
なんとなく潤んでいるように見えた。 「あの飛行機の行手に俺のふるさとがあるんだ」と
彼はきっとそんな想いで見ているのだと僕には思えて仕方なかった。
 人は動物たちの自由を奪い監禁し、時には芸を強いる。悲しいかな動物園はそういう所で
あり人間は実に罪深い。勿論僕も同罪である。だから我々人間は自分たちもホモサピエンス
、ヒト科という動物であることを決して忘れてはならないのだ。たまたま地球上で生き物の
優位に立ってしまった人間。だとしたら、あらゆる生物の長として何をなすべきかなのであ
る。自然環境破壊、動物園無用論など今動物園は一つの岐路に立たされている。
 動物園が有用であれ無用であれ各々言い分があり僕はどちらも無視する訳にはいかないが
この地球上の生物が共存するということ、つまり地球という運命共同体であることを忘れな
いために、動物園を今こそ皆がしっかりと見つめ考えて行くべきだと云うことだけは絶対に
言える。 
 僕は動物たちと向合って写真を撮りながら、彼ら
が送ってくれる様々なメッセージを彼らの代弁者の
一人として一つたりとも逃したくないと懸命になっ
て汗を流すのも、動物園の動物たちの苦悩に比べれ
ば何でもないと最近ようやく思えるようになった。