98年の春、親しかった友だちが死んだ。一頭の牡のローランドゴリラである。
彼はいつも僕がカメラを構えると目前までやって来て、背中を半分こちらに向けて座る。
それは決してモデルとして撮影に協力してくれているわけではなく、写真を撮られることがあまり好きではない彼が僕の行動を監視しているポーズなのだ。だがこちらは好都合。結局その場から僕が立ち去るまで、彼は毎度付合わされるはめになっていた。

ゴリラはその風貌からは想像できないほど神経質な個体で、嫌なことがあると一日中悶々として考えていることもあるそうだ。撮影している最中にやたらとあくびをし始めたら、それはこちらのことを意識している証拠だ。横目で僕のことをちらりちらりと窺いながら、間がもてなくなると側に落ちている小石を拾って、ぽんぽんと手のひらでお手玉のように投げてみたり、指で地面に「の」の字を書いたりする。本当は僕がうっとうしくて早いところ何処かへ行って欲しいのだろうが、僕のほうは全くおかまいなしにシャッターを切り続ける。

彼の眼光はさすがに鋭い。しかし決して僕を嫌う眼差しではない。きりっと結んだ口元と共に、むしろ優しさを感じさせるのである。厳つい容貌だがナイーブで細やかな男の心がレンズを通してよく伝わってきて、僕は憧れの人物像として尊敬と親しみをもって付き合ってもらっていた。
ゴリラ
 実際、僕の動物園写真に拍車をかけたのも彼の気魄に負う
 ところが多い。
 17年前初めて多摩動物公園で出会ってから、いつの間にか
 僕の写真の中心的存在になっていた。
 繁殖計画で上野動物園へ移され終焉の地は京都だった。
 申し遅れたが、彼の名はサルタンという。

  僕にとって、生涯忘れることのない名前である。